京文化のREDBOOK -The crisis of Kyoto’s traditional culture

文化団体「culpedia」からの依頼による文化調査のビジュアライズ/可視化作業。

京都は古くから日本文化の中心的な位置にあり、現在でも京都市によって「京都市の伝統産業」として西陣織や清水焼をはじめとして、74項目が指定されている。そんな京都でも伝統産業の未来は厳しく、いくつかの産業では既に廃業に追い込まれて、京都のなかからその姿を消してしまっているものも存在している。

これも以前から指摘されてきていることであるが、この伝統産業を支えていた絹や漆といった伝統的な「素材」が現在日本で生産することが困難な状況にあり、その多くを海外へ依存しているという状況がある。またその外への依存は「工程」にも及んでいる。この傾向は伝統産業に限らずグローバル化する社会における先進諸国の製造業が直面する課題から導かれる、それに対する一つの答えであり、ある一つの国の伝統産業を支えるということが、その国に閉じた問題ではなくなっている、という現在の世界の実態を浮かび上がらせている。これは「伝統文化」という言葉の発生にも関わる事柄なのだろう。「文化」とは近代以降の概念であり、消費者層や国民、近代国家が生まれてきて定着した言葉である。それはある集団の価値評価の総体を表したものである。ゆえに伝統文化とは、ある集団が設定した自分の達の過去・来歴=伝統を示すものであり、その集団の来歴=オリジナリティを説明する物語のなかに集団の外の要素が入ってくることへ違和感を感じるのはそういった理由にもとづくものである。そしてそこは冷静に捉えれば、そもそも、近代以前から京都のような古くからの国際都市においては、はじめから閉じた産業文化ではなく、常に一面においては外に開かれており、それは他の諸外国の古くからの国際都市の伝統文化においても同じであろう。そしてそれは古代から続いてくる交流の証であることを、神話の類似性が伝えている。私たちは近代という特殊な時代を過ぎて、新たな価値総体へと移行する段階にきている。

京文化のREDBOOK -The crisis of Kyoto's traditional culture

クライアントである「culpedia」はこういった複雑化する伝統文化の状況を憂い、国境を越えた伝統文化のあり方、相互理解を高めていくための取組みを行っている。今回の京都での取り組みもその一つである。

京都では、京都市の伝統産業74項目のうち伝統工芸全68項目の実態調査を行い、伝統工芸の実態を「道具」「工程」「素材」の三つの観点から評価し、各産業がどのような危機に直面しているのかを明らかにした。私たちはそのリストを受け取った。そこから見えてくるのは、当たり前のことではあるが、各伝統産業が直面している状況はそれぞれ異なるということ。大文字の伝統産業というイメージで接していてはその危機へは対処が難しいという現実であった。

資料提供:culpedia 調査結果/京指物の頁 黄色網掛けが10年以内に消滅の可能性が高い項目、赤色が既に消滅している項目

クライアントが今回の調査で注目したもう一つの点が、京都の無形文化と伝統産業との関係である。京都には古くからの神社やお寺だけでなく、能や茶道をはじめとした芸能文化が登場することで、その文化を深めてきた。そしてその活動を支えていたのが現在の伝統産業であり、活動が継続することによって産業もまた支えらる、一種の生態系/エコロジーが存在していた。先ほどの「道具」「工程」「素材」に「無形文化」の項目を加えてみると、文化を支えている消費者から職人までの一連のつながりが、現在どのようになっているのか?というのがより鮮明に見えてくる。例えば「能面」のように、明らかに「能」という特殊な演劇の、かつ限られた演目のためにだけ存在する面をつくるための、道具も素材も工程も現状問題なしとされているのは、無形文化の世界と伝統産業の世界と消費者の世界が密接につながりあって、文化を支え合っている姿が見えてくる。それに対して例えば同じような無形文化と密接に関係しあっている伝統産業の一つである「花かんざし」が逆に危機的な状況になっているのは、消費者の世界がそこへ上手く入り込めていない姿を示しているように見える。たくさんの無形文化との関りがあれば良いわけでもない、例えば挙げられたすべての無形文化と関係があるにも関わらず「京足袋」はすでに廃業に追い込まれている。

このようにたくさんの伝統産業に対して、複数の評価項目があり、かつそれぞれの伝統産業ごとに異なる状況を可視化するために、二つの方向からアプローチすることを考えた。一つはクライアントから要望頂いた、具体的な絵のイメージのなかに関係性を表現していく方向性。もう一つはネットワーク図のように、各項目を一つの図としてまとめあげる方向性で考えた。伝統産業は無形文化を構成する要素として存在し、そして各工程や道具や素材はその伝統産業を構成する要素として存在する。一つ一つの無形文化を見ていくと、伝統産業を通したそのような階層性をもつ構造として記述することができる。

伝統産業の特徴は機械化される前に産業のベースが出来上がっているその工程や道具の扱いと職人さんたちの関係にある。機械化前の手工業・マニュファクチュアの時代は現代の機械の代わりを人が行っていた。そこでは汎用機械がさまざまな道具をもって、素早いスピードで多品目対応するように、職人が各工程に合わせて最適化された道具を使うことで、作業性・効率性を最適化し、質と量の両立を図っていた。これは日本やヨーロッパの伝統産業に見られる特徴であり、インドなどでは一つの道具で職人の技術によってさまざまな製品を製作していたと言われる。このような道具の多様性は町の職人の世界に限らず、農家の世界でも見られた。鍬一つとっても、その長さや角度や幅などが微妙に異なり、その地域の土や環境(降雨量など)に合わせて、また使う人の特性(男性、女性、若い、年寄り、力持ち、貧弱)に合わせて、道具は微妙に調整されていた。そうした道具は自分たちで製作してメンテナンスし使い続けるものもあれば、木工職人さんたちが製作しているもの、鍛冶屋さんたちが製作しているものもある。作業に求められる道具の精度や経済性に合わせて、そういった道具の生産から消費もまた最適化されていっていた。現在ではそのベースをもとに機械化やコンピュータ化することで効率性や作業性を高めている産業もある、但し設備投資と収益性のバランスの問題は伝統産業以外の産業と同じように重要な経営課題となり、高度成長期までの伝統産業に対しての国内消費層が存在していた時代を前提とした工程と設備のあり方はバブル期の海外志向とバブル崩壊期の需要低迷とともに崩れて現在に至っている。

京都の伝統産業で使われている素材は必ずしも京都で生産されてきたわけではない。それは京都が日本の政治の中心であり、国際都市であったことを思い出せばすぐに理解できる。目利きによって選ばれた選りすぐりの素材が使われてきた歴史がある。その国内産業が衰退したため絹や漆をはじめとした素材を海外に依存する状況があるのは先ほど述べた通りである。この絹と漆は同じ海外依存している素材であるが危機の状況は対照的で、漆は中国との技術提携なども行い安定的な供給を可能としているのに対して、絹は多くの産業で危機に該当するものとして挙げられている。また産業で危機にあげられるものも、生糸から反物の半加工品といった加工度合いの違いや例えば和紙のような産地ごとの違いで挙げられているため、素材づくりのどの段階で危機が生じているのか、なにが原因で生じているのかは具体的には別の調査を必要としている。今回の可視化作業においては、そのような素材のなかでの様々な多様性があることをカテゴリーごとに分類することで、素材まわりで起こっていることを強調するかたちを選択した。そうすることは伝統産業間で共通性が高いものや低いものといった差異を可視化にもつながっている。

そして調査結果の「工程」「道具」「素材」の危険度に応じて、各項目と伝統産業を結ぶ線を色分けし、線幅を危険度に応じて太くすることでその状況を可視化した。各伝統産業毎に「工程」「道具」「素材」の危険度の項目の数を集計し、項目の数に応じて線の色分け、線幅の太さを変えることで危険度を可視化している。最後に伝統産業毎の危険度に応じて、無形文化とを結ぶ線の幅を変えて、無形文化が抱えている危険度を可視化した。

展覧会用のレイアウト、出力の関係で短辺が約1mという条件をクライアントからは頂いた。扱う項目数が多く、それらを読解できる文字の大きさを保ちながらレイアウトするために、充填法を選んだ。これは各伝統産業に所属する「工程」や「道具」の数やその項目を表現する文字数が異なり、そこに危機度に応じた大小関係がさらに加わるため、それぞれの平面上で占める大きさの多様性が大きかったため、グリッドレイアウトのような整然とした配置が馴染まなかったことにも起因する。結果、無形文化・伝統産業がつくりだす生態系/エコロジーの躍動感が表現できたのではないかと思う。展示会場ではイメージ主体の絵図と、この大きな帯の地図の印象をもって、俯瞰した大枠から徐々にズームアップしていきその細部がわかる調査結果をまとめた冊子を読み込んでいただくことで、京都の伝統文化の現在の危機的状況とその立ち位置を理解してもらえるように努めた。

 

 

製作データ

クライアント:culpedia https://culpediajp.com/
調査・研究:culpedia https://culpediajp.com/

関連情報

展覧会
京都/京都文化博物館:2023年12月13日-2023年12月17日
岡山/岡山県天神山文化プラザ:2024年1月16日-2024年1月21日
福山/福寿会館:2024年3月19日-2024年3月21日
東京/ギャラリー青羅:2024年4月21日-2024年4月27日

メディア掲載
京都新聞 星座?花火? じつは壮大な「相関図」 京都の伝統工芸の関係性、東京の男性が視覚化
新潮社 Foresight 京都の伝統工芸はなぜ「絶滅の危機」に瀕しているのか:職人70人以上にヒアリングしてわかったこと