コンテンツへスキップ

フェルナン・ブローデルの物質文明・経済・資本主義 15-18世紀 を読む

物質文明・経済・資本主義 15-18世紀 3-2 世界時間

日常の構造Ⅱ

物質文明・経済・資本主義 15-18世紀 1-2 日常性の構造

選択の土台としての物質文明

第一部/日常の構造の二巻目は日常生活を構成していった技術・貨幣・都市に関して、産業革命期へ向けてゆっくりと、多様な文化がひしめき合う世界各地の社会経済のなかで気づかれないまま静かに、変化が、共通の技術が蓄積・共有されていったかが論じられている。

そしてまとめとして、この日常の構造をつくりだす物質生活の柔軟性の乏しさに対して、資本主義がもっていた「選択」の自由という特権が対比的に示されて、次の「交換のはたらき」へと話が受け渡される。この選択の土台こそが、物質生活が提供しているものなのである。

世界に不均衡・不均斉をもたらした三大技術革命

十五世紀から十八世紀にかけての三大革命として、「大砲」「印刷」「外洋航海」の三つが挙げられている。そしてこの三つは普及が停滞し、世界に不均衡・不均斉をもたらしたと、されている。(そして、この不均衡・不均斉が資本主義を活気づけ、特権者の選択の自由を高めたということだろう)

大砲の技術伝播の歴史を見ていると、軍事技術がいかに早く拡散し、均衡に達しやすいか?逆にその差がいかに重要で、その僅かな時間差が大きな優劣へと繋がっていくかということが感じ取れる。

印刷は本書ではあまり多くは書かれていない印象だったが、情報伝達、意識の統一/プロパガンダとしての機能の重要性とそれゆえの権力との結びつきは大事に思う。

航路の発見と地球を循環する大気の流れ

外洋航海こそが本書において肝となる部分であろう。本書では十二世紀のアジアの海は平和な世界で、陸の領土の境界線と同じように海にも固定された境界線があり、それが侵されることなくアジアからアフリカ・ヨーロッパまで交易が広くゆきわたっていたとされる。

大きく変わったきっかけはヨーロッパによる大西洋航路の発見とその独占だったのだろう。

貿易風の発見は大西洋航路だけでなく、太平洋航路やインド洋の新しい航路へとつながり、世界をより緊密にするための道を開いた。

貨幣と信用は言語である

そして、その緊密な世界に物資が巡るための下準備が貨幣と信用の登場によって着々と進められていた。

地中海から北ヨーロッパへ、ヨーロッパからレバント貿易を介してアジアへと流れた商品とお金の双方向の流れは、そうした技術を世界各地で少しずつ育てられて、共有されていくことで、離れた世界・文化をつなぐための術が広がっていった。

「貨幣と信用は言語である」と本書では書かれる、はじめは地方地方で異なった言語が少しずつ翻訳され、そして共通の標準言語を介して、より大量に、より素早く、より安心して対話を行える環境が少しずつ調えられていった。

インドが金をはじめとした鉱物資源を持たなかったということは、それによって貨幣が早くからこの地域で流通し、そして同時に外の貨幣に対して開かれた状態が続いたという運動の原因の一つである。

この環境と経済との関係性、そして外部経済に対して外に開かれ続ける場が、そして外貨獲得のために世界の工場のように様々な物産を作り続けた場がヨーロッパと東・東南アジアの結節点にあったということの世界史へ与えた影響の強さは改めて見直してみても良いのかもしれない。

階層化されてゆく経済活動の源

都市の農村の階層化と分業化がもたらす相互作用の歴史

都市に関しての論述は、階層化、分業化との相互作用の歴史である。

都市は食糧生産の面でも、出生の面でも自給が出来ないため、つねに農村部や移民を供給する貧困地域を必要とする。本書ではその関係を植民地支配と表現している。

同時に都市の成長は農村に依存し、同時に農村の成長も都市に依存するという運命共同体としての特性、そして海外貿易が盛んな一部の大都市以外の都市の商人や職人たちの兼業農家としての働き(まるで日本の地方都市のような)が描かれる。

都市は混合を促進する装置だったのか?それとも分割を明確化する装置だったのか?

個人主義の道 と 集団主義の道

本書ではかたやイスラム都市の宗教ごとの分割、アジアではカースト制度や儒教をはじめとする先祖崇拝の影響によって混合は妨げられて、都市的な個人主義の発達が生じにくかったように推定している。

それに対して、西ヨーロッパの都市では古くからの絆を断ち切り、個人を同一平面に置いていったと。その一方で、ヨーロッパの都市もまたその富裕・貧困の違いや民族の違いによって居住エリアが分割される傾向はやはりみられる。

わたしたちの様々な文化は絶えず混合されて混じっていく一方で、常に再生産されてその境界を曖昧ながらもしっかりと持ち続けているように思える。それはヨーロッパが侵略し始める前のアジアの海洋世界のように。

人力の遍在性と高圧縮エネルギー源

本書の技術に関して目を見張るのは、人力に対しての重要性の高さである。これは単純に他の手段がなかったというのに留まらず、水力や風力のように偏在するエネルギーと違い、今日の電気のように容易に遍在可能で優秀なエネルギー源・労働力であったということに尽きると思われる。

教育コストの課題はあっただろうが、時間も十分にあった。

そのため道具は人中心・人の動作中心に組み立てられて、人の違い・動作の違いだけ道具の種類も増えた。この人力中心の世界観は全世界的に見られた共通の技術観だと思われる(扱う規模や質に対して、人力がフィットしていたというのもあるのだろう)。

多くの社会はこの人力、そして人口というものに、良くも悪くも依存し、囚われていた。

現在もそうだが大量の人口を抱えるアジアにおいては特にそういった傾向が強かった(それを許容させる地理的・地形的要因と文化的要因も大事ではあるだろう)。それに対して十三世紀のヨーロッパの人口減少はそういう意味で、その足枷を外す一つの要因であったのかもしれない。

この人力中心主義のなかに機械技術が蓄積されてゆく過程で大きな影響を与えたのは鉱業の分野であったように感じる。

人力では追いつかない質の仕事、精錬をはじめとした様々な化学の知識の必要性、その化学反応を効率的に実現するための仕組みづくり、そしてそこから生まれる商品では自給自足が出来ない労働者たちと彼らを養うための都市-農村環境、交易が促進されてゆく。

また人力中心主義が大きな影響を与えたのは物々交換の持続に関してではないだろうか。

貨幣は早くから世界各地で流通し交換を組織し、その社会経済範囲を今なお広げていっているが、その一方で世界には今なお非貨幣経済・非市場経済の領域が広く存在し続けている。

本書を読んで感じるのは、この貨幣・非貨幣という異なる交換システムの規模や範囲は時代と共にその組み合わさり方を変えてきた、まるで生物の血管が素早く運ぶ太い血管ゆっくりと交換を可能とする細い血管という異なる二つの極からなる階層を自己生成的に進化させてきたかのように。

1日常の構造Ⅰ資本主義を支える物質文明 2日常の構造Ⅱ人力の時代がつくった交換の土台 3交換のはたらきⅠ新しいものと古いものが併存する階層的な発展 4交換のはたらきⅡ国家・文化・社会が交換の活動の骨格を与える 5世界時間Ⅰ結ばれた点と点の時間が同期し、活動が共鳴し生まれる文化と技術の複合体 6世界時間Ⅱ独占・競争・自給の三つの階層がつくる幾筋もの流れ

マウスオーバーか長押しで説明を表示。

「フェルナン・ブローデルの物質文明・経済・資本主義 15-18世紀 を読む」への2件のフィードバック

  1. ピンバック: Book review: White shift 白人がマイノリティになる日 エリック・カウフマン (著), 臼井 美子 (翻訳) |

  2. ピンバック: Book review 商店街はなぜ滅びるのか 著:新 雅史 | Studio colife3

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

error: Content is protected !!