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冬の寒さを夏に使い、夏の暑さを冬に使う、風穴の仕組み!四国の風穴/絹産業を通して

志保山の風穴

香川県志保山の風穴

香川で養蚕は1877年(明治10年)と早い時期から東部の大川郡ではじまり、1882年(明治15年)には栗林公園に養蚕の技術指導所が設立されています。

ただあまり積極的な養蚕振興とはならずに、本格的な普及は1900年頃(明治30年頃)になってからでした。それでも全国的にみるとあまり普及はせず(総農家の12%が養蚕と、全国平均31%の半分に満たない数値)

そして東温市の養蚕と同じように1930年の昭和恐慌による生糸の暴落とともに衰退していきました。

香川で養蚕が普及しなかった要因として、養蚕のメインの時期である春蚕が冬小麦の収穫と被ることが大きかったようです。養蚕よりも麦作が重要視されたわけです。

1400万年前の安山岩の急斜面の崩壊によって生まれた風穴

志保山風穴-地形図
志保山の風穴の位置図(国土地理院地理院地図を編集)
吉津峠のガードレール内に駐車して、700m程度/徒歩15分程度
志保山の山頂まで登ると石組みに使った石の石切り場も見れる。
縦走すれば天空の鳥居/高原神社までいくことも可能
志保山風穴-崖錐縦断面図
志保山の風穴の縦断面図(国土地理院地理院地図断面図ツールより作成)
上部の急勾配の崖が崩壊して下部の緩斜面に堆積した崖錐(グレー部)に風穴がある
1400万年前の瀬戸内火山活動により崩落し堆積した安山岩で構成され、下部には地下水が流れていると考えられている

志保山のある三豊平野は明治-大正期に香川の養蚕が盛んに行われた地域の一つで、

日本の生糸生産・輸出が増加を続けていた1910年頃(明治40年代)に発見された志保山の風穴も養蚕の蚕種保存を目的に整えられ、現在もその石組みが残っています。

自然と一体となった斜面型の石組みの風穴

志保山の風穴2025_09_07_IMG_8408
志保山の風穴の石組み

石組みの大きさは幅が約3.2m、奥行き約3.7mのおよそ6畳の広さをもち、斜面に対して手前側が半地下となって深さ1.3m、奥側の斜面を抑えている壁面が約4mの高さとなっています。

9月頭の外気温約29℃のときに風穴からの涼風の気温は約15℃、表面温度約14.5℃でした。

志保山の風穴-風穴の8月の気温
風穴の涼風の気温 約15℃(現地設置の温度計も同様)
湿度90%以上の空気
志保山の風穴-石組み表面温度
風穴石組みの表面温度 約14.5℃
外気の影響よりも風穴内の冷気の影響を強く受けている
志保山の風穴-周辺外気
当日の風穴周辺外気 気温29℃、湿度75% (09/07/0940)
日中はもっと風穴との気温差が出ると思われる

志保山に近い気象庁の多度津観測所のデータでは冬の最低気温の平均(1991-2020)が3.3℃と氷点下を上回っていることから、氷による冬の蓄熱効果が得られずに、他の風穴よりも吹き出す涼風の気温が高めとなっていると推定されます。

それでも真夏に気温差14℃の冷風は十分に気持ちよく、風室内から出たくなくなります。

志保山の風穴-正面石組み
正面の石組み
高さ約4mの壁が迫る。斜面の勾配の急さを実感する。
志保山の風穴-入口を振り返る
入口側の石組み
立上りの一部が切り欠かれて入口となる。石積みの階段が当時の覆い屋内の湿度を物語る。

斜面に沿って設けられた片流れの覆い屋

現地の看板には覆い屋が残っていた頃の写真があり、斜面に対して片流れの屋根が浮かんでいる様子が印象的です。

石積みは近年の整備で補修をしているということなので、昔と今とでは積み方が異なるかもしれませんが、石工の職人の手が入っていたような印象をもつ角を整えた丁寧な石積みとなっていました。

最盛期は製糸工場も三豊にはあったそうですから設備投資として、しっかりとしたものを造成しようとしていたのかもしれません。

志保山の風穴-側面からみる-2025_09_07_IMG_8410-33
風穴を側面からみた様子
入り口前のスペースにベンチが置いてあり、座りながら涼風を感じられる
志保山風穴の明治大正時代の写真
現地の看板に掲載されている明治・大正時代の写真
覆い屋がまだ健在で土壁の躯体の上に、斜面に沿って片流れの屋根が浮かんでいる

志保山の風穴は急斜面をそのままくり抜いた形状になっているため、他の四国の風穴よりも大地に入り込んでいくような感覚になるのが特徴的です。

覆い屋がないのは残念ですが、逆にないことで周囲の樹木が見え、自然の中に溶け込んでいくような気持ちになります。

半地下となっていることで、そうした自然との一体感が増しつつ、覆い屋がなくとも風穴からの冷気が石組み内とどまります。

志保山の風穴
側面の石垣が斜面に沿って斜めに切られて、地形との一体感が増している。明治・大正時代にはこの上に地形に合わせて覆い屋の屋根が掛かっていた。

志保山の風穴は駐車場から少し離れているので、心配な方はYAMAPなどで予習してから行くと不安にならずにたどり着けるのではないかと思います。

YAMAP-志保山

香川県高鉢山の風穴

高松空港や満濃池からほど近いところに高鉢山はあります。「綾上富士」とも呼ばれ、讃岐七富士の一つに数えられ、どういう基準で選ばれているのかわかりませんが、

富士山の富岳風穴、秋吉台の秋芳洞内の風穴と並んで高鉢山の風穴は日本三大風穴の一つとされています。

高鉢山の風穴-バンガローから風穴をみる
バンガロー側から風穴を見た様子、風穴の石組みが自然の中に溶け込んでいる

国道377号から綾川を渡って県道182号線、県道17号線に入り、八十八茶屋というそば屋さんのところにある看板を目印に高鉢山の風穴方面へと入っていきます。

現在は閉鎖されている高鉢山キャンプ場の一画にあり、周辺にはバンガローが残されています。そのため風穴の下に車を停めて歩いていくことができます。

駐車スペースが限られているので、当日の混雑状況を鑑みながら道路に停めるかたちになります。キャンプサイトの奥側で道路が転回用に広がっているので、そのあたりも考慮しながら駐車するのが良いです。

一応、道は悪いですがまんのう町側へも抜けることができ、有名な三嶋製麺所へ行くことも可能です。

高鉢山風穴-地形図
高鉢山の風穴の位置図(国土地理院地理院地図を編集)
駐車場から風穴まではすぐ近くだが、そこまでの道のりが看板や目印がほとんどないので、ナビを信じて突き進むのが吉と思われる
高鉢山風穴-崖錐縦断面図
高鉢山の風穴の縦断面図(国土地理院地理院地図断面図ツールより作成)
志保山と同じように1400万年前の火山活動によって形成されたものと推定されている。上に安山岩の硬い地質層をもつキャップ構造という上下で異なる地質層をもつのが特徴

高鉢山の風穴の仕組みについてー洞穴タイプか?崖錐タイプか?

高鉢山の風穴の仕組みについて現地の看板では

高鉢山-風穴説明看板

その仕組みは、高鉢山の東側「ごうろう」と呼ばれる岩肌の隙間から入った風が、山の中を通っていくうちに冷やされ、風穴からでてくるためと言われています。

と高鉢山の風穴の構造の説明がなされています。この考えから推定すると洞穴タイプの風穴が風穴の入口のある北西斜面から東斜面の「ごうろう」まで続いている、もしくは内部は岩石が堆積している風洞が続いているという、山のなかを天然のトンネルが通っているということになります。

1400万年前の瀬戸内火山活動がもたらした讃岐富士の地質的特徴:硬い地質の帽子をかぶったキャップ構造

高鉢山の地形と地質-讃岐七富士になる山ならない山
ピンクが花崗岩、青が讃岐安山岩の地質(参照:讃岐七富士になる山ならない山

高鉢山はほかの讃岐富士や愛媛県の興居島の伊予小富士と同じように1400万年前の瀬戸内火山活動のときにできたビュート地形/キャップロック構造をしており、

下部の脆い花崗岩の上に硬い安山岩が乗っかることで、上部が急斜面、下部が緩やかな裾野をつくることで富士山のような形状が出来上がっています。

ちょうど風穴の少し上の標高の場所で切り替わるようですので、トンネルがあるとしたら、この境界面のあたりでしょうか?

高鉢山の風穴-上部の崖錐の様子
風穴上部の崖錐の堆積した岩石の様子。上方まで崖錐が続いている。

個人的には、この上部の安山岩の急斜面が斜面崩壊することで崖錐が形成されて、崖錘タイプの風穴が生まれたと考えた方が現実的な気がしています。

ちょうど風穴のある北西斜面と同じように東斜面の断面も安山岩の急斜面、花崗岩の緩斜面と二つをつなぐ崖錐と思われる中間の斜面によって構成されており、

これを「ごうろう」と呼んでいる可能性も十分にあるように思えます。

風穴からの冷気を逃さないようにする様々な工夫

上林の風穴や志保山の風穴の石組みが単純な矩形をしていたのに対して、高鉢山の風穴の石組みは前室のような廊下があり、そこを抜けて折れ曲がってから、メインの風穴の部屋へたどり着く平面構成となっています。

高鉢山の風穴には当時の覆い屋がない代わりに、簡易な木造の屋根が石垣の上に載せてあります。

当時に覆い屋の写真や図面が出てこないのでどのような覆い屋が建っていたのかはわかりませんが、

大成の風穴の復元された覆い屋をみると、前室となる折れ曲がる廊下まで屋根が掛かっているので、高鉢山の風穴の前室の廊下まで屋根が掛かっていた可能性が高いように思えます。

この前室があることで風穴の冷気が外へ漏れ出にくくしていると考えられます。

高鉢山の風穴-上部から屋根と石組みの関係をみる
上部から石組みと屋根の関係をみる

また外観として前室の石垣は見えますが、メインの風穴の部屋の石組みは土に埋もれて見えなくなっています。

これは土に埋めることで土の熱容量と土を断熱層として利用して外気の影響を抑えることが意図されているものと思われます。

高鉢山の風穴-風穴の部屋
風穴内の様子 およそ10℃の涼風が溢れ出してくる

さらに風穴の部屋は1mほど掘り下げられて半地下となっています。こうすることで下部に冷気を貯め、少しでも逃がさないように工夫がなされています。

高鉢山の風穴-現地温度計
風穴内の現地温度計。約12℃。
高鉢山の風穴-表面温度
風穴内石組みの表面温度、約10℃

冷気とは関係ないと思いますが、高鉢山の風穴の石組みは角が丸められているのが特徴的です。この配慮は内隅だけでなくて、外隅にも見られて外観に柔らかさを与えています。

角を丸くした方が空気の流れに無駄がなくなり良いですが、冷気を逃がしたくないこととは矛盾するので、狭い場所での物の出し入れなどへの配慮から、こうした工夫があるのかもしれません。

高鉢山の風穴-外観
風穴の入口。前室を形成する石組みの端部の角が丸められている。石組みの足元ほど苔が生えており、涼風が地面を這って溢れ出てきていることがわかる。
1風穴の仕組みと成り立ち 2風穴で保存された蚕のたまご=蚕種 3愛媛県東温市上林森林公園風穴 4香川県志保山の風穴、高鉢山の風穴 5愛媛県大成の風穴群

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