四国の絹の生糸のために活用された保存状態の良い四つの風穴を中心に、四国の風穴と絹についてまとめてみたいと思います。




風穴とは山のなかで、夏に冷たい風/冬に温かい風が吹き出す洞穴です。穴のなかの温度差や気圧差によって空気が動き出して、この流れにのって中の冷えた/温まった風が吹き出してきます。
年間を通して10~15℃前後の冷蔵庫やクーラーのような風が吹き出してきます。まだ冷蔵庫が高価だった戦前の時代、風穴は野菜などの食料の保存などに使われました。
当時そのなかでも特に全国的に使用頻度の高かった使い方が、絹/シルクの糸を吐き出す蚕の卵=蚕種(サンシュ)を冷蔵保存することで、卵の孵化の時期を人工的にコントロールする、という使い方でした。
この時代、日本は絹の糸=生糸の生産量が世界一を誇り、換金作物として多くの農家に取り入れられていました。風穴の近くの養蚕に適した地域では遠方から山の中の風穴まで蚕種を保管しにきていました。
あまり知られていませんが四国は高品質の絹の糸をつくることで国内のみならず世界的に有名な産地でした。
天皇即位の儀式/大嘗祭に絹布/繪服を古くから献上してきた三河の赤引糸とともに愛媛の伊予生糸が戦前から御用糸として皇室への献上され、
1953年にはイギリスのエリザベス女王2世の戴冠式のドレスのための生糸を献上し、
国内の絹産業がすっかり衰退したバブル期以降もブラジルへ進出した藤村製糸が高級ブランドエルメスのシルクスカーフ向けの最高ランクの生糸を生産しました。
そんな四国の風穴と絹産業を、まずは風穴の仕組みから見ていきたいと思います。
風穴の仕組みを建築的観点から見てみる
風穴を研究されている澤田結基教授によると、風穴は洞穴タイプと崖錐タイプの大きく二種類に分かれます。
洞穴タイプは読んで字のごとくで洞穴(ほらあな)となっており、大きなものは人が歩ける洞窟のようになっており、日本では富士山の麓にある富岳風穴が有名です。
それに対して崖錐タイプは急崖などが崖崩れを起こしてできた円錐状に岩石の堆積物で人や動物は通れないけれども空気や水の通り道がつくられているものです。四国の風穴は二番目の崖錐タイプです。


天然の冷蔵庫・クーラーである風穴の仕組みは実は非常に建築的で、似たような仕組みが実際に現代でも建築に応用されていたりします。具体的には次の2つの仕組みが組み合わさることで涼風をつくりだしています。
- 煙突効果
- 蓄熱
空気を動かす煙突効果と大きな熱容量の岩石に熱を貯める蓄熱
煙突効果とは、これも読んで字のごとくで煙突が煙をもくもくと吐き出す性質を説明するもので、異なる高さをつなぐ空気の道があるとき、
空気が密になっている方(気圧が高い・温かい)から空気が疎になっている方(気圧が低い・冷たい)へと空気が動いていく性質を表しています。

一般的には煙突の入口(低い方)が煙突の出口(高い方)よりも高さの差だけ空気の厚みが厚い=気圧が高いので、その圧力差によって下から上へと空気が流れる現象(上昇気流・ドラフト)を説明し、
入口側は地面が太陽で暖められたり、工場の窯などの火で熱せられたりして、空気が温かくなっているので、さらにこの気圧差が大きくなり、より強い空気の流れが生じます。
風穴の場合は単純な煙突に比べると空気の流れが少し複雑で、季節によって周囲や内部の気温差が変動するので、上から下へ空気が流れたり、下から上へ空気が流れたり(下降気流・ダウンドラフト)します。
ざっくりしたイメージとしては外気温よりも風穴内の気温が高くなる冬などは普通の煙突と同じように下から上へ空気が流れて、
外気温の方が風穴内の気温よりも高くなる夏などは普通の煙突とは逆に上から下へ空気が流れます。


この空気の流れの向きを決定するのが風穴内の岩石に蓄熱された熱です。
岩石は空気よりも重く体積当たりでたくさんの熱を貯えられるので、熱くなりにくく、冷えにくい物質です。
このため風穴内は外よりも一日の気温の変化、年間の気温の変化が少ないのが特徴です。その岩石を冬の冷たい空気、夏の暑い空気がじっくりと冷やしたり、暖めたりします。
そうすると季節が変わっても風穴内は寒いまま、暑いままという外気と風穴内の気温差、ズレが生まれます。
この気温差がエンジンとなって空気の密度の差が生まれ、重い空気は下降し、軽い空気は上昇することで、風穴内に空気の流れを生みだします。
冬には下部から冷たい空気が取り込まれ風穴内を冷やして夏の涼風の準備をし、夏には上部から暖かい空気が取り込まれて風穴内を暖めて冬の上昇気流の準備をするサイクルが生まれているのです。
このような上昇気流・下降気流の切り替わりや物質への蓄熱は住宅やビルなどでも起こっている現象で、
空調の効き目を促進させたり逆に減衰させたりするので、建築のなかでは求められる使用用途に応じて計画のなかで気流の流れや熱の流れを気密/通風や断熱/伝熱で調整して、望ましい温熱環境へ整えていきます。
四国の崖錐タイプの風穴ができるまで
崖錐タイプの風穴は急な崖が崩壊して岩石が堆積することで出来ることは先ほど説明しましたが、では四国の風穴はどのようにしてできたのか?
その謎は瀬戸内の火山活動/石鎚山の火山活動で生まれた讃岐富士・伊予小富士や屋島・皿ヶ嶺の地質的特徴から知ることができます。高鉢山は讃岐七富士で一つで、上林の風穴は皿ヶ嶺連峰の中腹にあります。
この山々は地質学的にはビュート地形/キャップロック構造という特徴をもっています。世界的には西部劇などで登場するアメリカのモニュメント・バレーなどが有名です。


ビュート地形/キャップロック構造の特徴は上部に硬い岩質の地質、下部に柔らかい岩質の地質が重なる構成をしていて、
長い年月の風化とともに上の硬い岩質が残って、下の岩質が流れ去っていくことで、このような独立した山や丘が生まれていくことで生まれます。
瀬戸内火山活動が活発だった1400-1500万年前は石鎚山から奈良の室生山地、愛知の鳳来寺山まで火山の列(火山フロント)が形成されていて、大陸の基礎である花崗岩地質の上に火山活動による溶岩が覆うことで、
硬い溶岩由来の安山岩と柔らかい大陸プレート運動由来の花崗岩が重なり、ビュート地形/キャップロック構造の条件が生まれました。

こうして生まれたビュート地形の上部構造がつくる急な崖がなにかの拍子に崩壊して、岩石が崩れ落ちて堆積することで風穴の条件となる崖錐が生まれます。四国の風穴は日本列島をかたちづくる時代の火山活動に由来しているのです。





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