脳科学で解く心の病 著:エリック・R・カンデル 訳:大岩(須田)ゆり、医学監修:須田年生
脳科学の歴史から最新の動向までを心の病を通して、振り返っていく。病という視点から見ていくことで、脳の働きと生物学的・解剖学的な知見との関係(脳のどの部位がどのような認知や感情、行動と関連するか)を整理していくことができる。
遺伝子解析やMRIのイメージング技術の発達などによって、ぼんやりとしかわかっていなかったことが、科学的に、生物学的に脳のことが理解できるようになってきている、という印象を持った。その成果は、精神分析学/カウンセリングの分野や心理学/認知心理学の分野や生物学・動物学の分野との垣根を曖昧にしながら、相互に刺激を与え合っているように思われる。
技術と概念の革新は、ほかの遺伝子技術の医療への応用と同様にオーダーメイド医療の方向へと進むように向けられている。むすびの章の「生物学的な個性に関する知見に基づいた新たなヒューマニズム」という言葉が端的にその方向性を表現している。この「生物学的な個性」というものは、これまでの「法の下の平等」を拡張することを求めているように思える。
本書のなかでも性分化・性自認やサイコパスの人や依存症の人の脳回路の特徴を持ち出して、法的責任や世間の倫理観・道徳観との関係を取り上げる内容があるが、「法の下の平等」はこうした「生物学的な個性」を認め、拡張していく方向は、より高度な司法的判断を必要とする方向へ、社会がシフトしていく、ということのように思われる。本書が示すのは繊細に詳細に個々人の脳の特徴の違いが明らかになる未来のように思える。そうした違いは遺伝的な違いであり(自閉スペクトラム症や統合失調症のような脳の解剖学的な違い)、遺伝と環境との相互作用によって学習され強化や軟化されてきた脳回路の違い(例えばうつ病や気分障害のような機能的欠陥)が、より詳細に理解でき、「生物学的な個性」の解像度がより高まる未来である。
そうした「生物学的な個性」が異なる者の権利が衝突したとき、私たちはどのように、その権利を「法の下の平等」の精神によって、解決するのか?法律の専門家以外の人たちも考える必要があるだろう。本書の心の病から脳を取り扱う構成は、そうした自分たちの脳が持っている基本機能やエラー時の特性を理解し、「生物学的な個性」というものがどのような広がりを持っているのかを知るのに適しているように思える。
建築分野の人間としては特に、カウンセリングや認知心理学の分野との関係に興味をひかれた。これまで統計学的な調査に基づいた相関関係で扱われていたものが、生物学的な因果関係に基づいて説明されるようになってきていることは、「生物学的な個性」がヒトの行動を理解する上で大きな説得力を持つようになっていくように思う。
「生物学的な個性」という言葉は動物学とのつながりも非常に大事になってくる。ラットやマウス、ショウジョウバエをはじめとした実験動物たちによって、医療の分野と動物の関係は切っても切れないものとなっている。それはヒトと動物とのあいだの連続性を象徴している。まえがきでデカルトの「我思う、故に我あり」を持ち出し
「我あり、故に我思う」のが実際なのだ。
と、アントニオ・ダマシオの言葉を紹介している。私たちは太古の昔に微生物から進化してきた「考えることもできる感じる生き物」なのである。私たちはこうした情動・感情を扱う身体的・生物学的な基盤の上に大脳皮質と視床の共鳴ループ回路によって増強し、高度な集中を可能にした「意識」と呼ばれる情報処理システムを上乗せしている。
私たちの脳には情動・感情の基盤(視床下部、扁桃体、線条体、前頭前皮質)の上に、ドーパミンによる動機づけによって制御される学習システム(中脳辺縁系経路/腹側被蓋野-前頭前皮質・側坐核、扁桃体、海馬)が搭載されている。統合失調症の人の症状はこのシステムのドーパミンの大量産生と受容体の過剰が原因の一つと言われている。もう一つが思春期に一般的にヒトの脳で行われるシナプスの刈り込み(余分なシナプスを除外して効率的な脳回路にする)が過剰に行われることに起因している。これによって脳回路の接続が弱くなり、作業記憶や認知機能が正常に働かなくなってしまう。自閉スペクトラム症の場合は逆に刈り込みが行われないことで、絡み合ったシナプスによって情報の錯綜し、正常に働かない状態になる。
統合失調症に関わる学習システム(中脳辺縁系経路)は依存症にも関わり、脳の報酬系回路とも呼ばれる。学習と依存という別々に見える行動が同じシステムによって動作していることは非常に興味深い。もっと単純な恐怖の潜在学習でみられるようなシステムはアメフラシのような無脊椎動物でも見られるようである。生物は学習システムを通して、「生物学的な個性」のある脳回路を強化させていく。
脳の解剖学的な歴史を辿る
一章は脳科学の基本的な歴史を辿る。正常と障害の境界の移ろい、五感という情報と脳の現実構築の関係、ヒトの自己への執着、精神医学と脳神経科学の1990年代後半までの隔たりからその後の統合化していく過程までを辿る。
社会脳とはなにか?
二章は自閉スペクトラム症を通して、ヒトの社会脳を扱う。
自閉スペクトラム症の人は脳の社会的行動の感情的な側面に関与する領域、言語とコミュニケーションに関係する領域、知覚と運動の相互作用を担う領域の間の接続が途絶している。そのため社会的な意図を読み解くことが難しく、裏を返すと、素直に情報を受け取るし、本人も正直で率直であり、他人の考えや信念に順応しなくてはという志向が弱い。

脳内の社会的ネットワークが機能不全である代わりに、脳はそれを補おうとして、それ以外のネットワークを発達させ、サヴァン症候群の人たちのような空間認知や数学的認知の極めて高い能力を持った人たちに能力をもたらしたりする。
自閉スペクトラム症の人たちは社会性が低いために子どもを持つ可能性が低い、それにも関わらず自閉スペクトラム症として診断される子どもの数は減っていない。この要因は、デノボ変異と呼ばれる父親の精子の遺伝子の突然変異によってもたらされている可能性が指摘されている。
情動・感情と自己との関係
三章はうつ病と双極性障害を通して、感情と自己統一感を扱う。
感情の脳の基本システムは扁桃体・視床下部・前頭前皮質の三つの領域のネットワークからなる。感情は扁桃体によってボリューム調整され、視床下部で感情と関連した身体機能(心拍数や血圧など)を調整し、幸福感や悲壮感、攻撃性や性的興奮、性交に伴う感情を生み、前頭前皮質で意思決定や自己評価(ポジティブなイメージ、ネガティブなイメージ)を行い、感情そのものや感情が思考や記憶に与える影響を調節する。

強いストレス下では視床下部から下垂体、副腎系が活性化されて、コルチゾールが放出され濃度が高まる。これが長期的に続くと食欲や睡眠、活動力の変化が生じる原因となる。さらに記憶をつかさどる海馬と意思決定や自己評価を担う前頭前皮質との接続が破壊されて、感情が平坦になったり、記憶力や集中力が低下する。ストレスの背後にある恐怖感は脳に学習され(習慣化されることで回路が強化され)、扁桃体や視床下部を再帰的に活性化させる。
うつ病や双極性障害、不安障害の人は、扁桃体の活動が増加しており、大きさも増大している。そして海馬の容積が小さくなることもわかっている。またイメージング画像から視床下部も上手く機能していないことがわかっている。また脳内のセロトニン濃度の調整を担う25野が過剰活性化されることもわかっており、その結果、感情と思考の連絡が断絶する。この影響は自己のアイデンティティの損失につながっている可能性が研究により報告されている。
脳科学の発達から薬物療法が大きく進展しているが副作用の課題が常に付きまとう。長期的な治療が必要なうつ病や気分障害では特に大きな問題となる。イメージング技術などによって生物学的な視点から精神療法が脳内に検知可能で持続的な物理的変化を引き起こしていることが明らかとなり、そうした点からも再評価が行われている。
また遺伝子研究の観点から、うつ病や双極性障害、統合失調症、自閉スペクトラム症などの複雑な脳障害の発症には、いくつかの共通した遺伝子変異が関係していることが指摘されており、環境面だけでなく、遺伝子の観点からも解析が進められている。
大人になるとは、意思決定とはなにか?
四章は統合失調症を思考力や決断力、実行力との関係で扱う。
統合失調症は出生前から始まっているが、通常は思春期後期はまたは若年成人期になるまで症状は現れない。思考や意志、行動、記憶、社会的な交流は自己の感覚を生み出す基礎であるが、しばしば、これらが混乱した状態になる。
他の一般的な病気と同じように早期介入ができた場合、早期介入による予防的治療によって、前頭前皮質の物事の執行機能を増強することで、日常的なストレスに対処し、効率的に日常生活を送れるようにすることで、精神的発作が起きるリスクを低減し、若い患者は大体安定するが、多くの場合は発症してから数年経たないと治療を受けない傾向がある。
これまでのところもっとも有望な予防的治療は認知的な精神療法であり、発症リスクが高いと考えられる思春期の人に行われている。これは自分は病気であり、悪い人ではなく、妄視や幻覚に苦しんでいる善い人であることを理解できるようになる点で重要な役割を果たしている。
生物学的な要因・解剖学的な要因として取り上げられているのが、ドーパミン産生経路の異常とシナプスの過剰刈り込みの二つである。

ドーパミン経路はヒトには主に四つのものがあり、そのうちの中央辺縁系経路が統合失調症と関わる経路であり、、腹側被害野から前頭前皮質や海馬、扁桃体、側坐核の一部に伸びている。これらの領域は思考や記憶、感情、行動など、統合失調症によって大きく影響を受ける精神的な機能によって重要な部位である。この経路に対して大量のドーパミンが産生される、過剰なドーパミン受容体があり、ドーパミンの働きが強められることが統合失調症を引き起こす重要な要因であることが判明している。ドーパミンと脳障害の関係は統合失調症だけでなく、依存症や、パーキンソン病のような運動系の脳障害にも見られ、パーキンソン病では逆にドーパミン不足が運動に異常をきたす。統合失調症のドーパミン受容体に作用する抗精神病薬が運動障害の副作用を引き起こす原因はパーキンソン病との相互理解を深めることにもつながった。
ヒトの脳は思春期にシナプスの刈り込みを行い、余分なシナプスを除外することで、より効率的な脳回路に整える動きを見せる。統合失調症では、このシナプスの刈り込みが前頭前皮質で過剰に行われることで、シナプス接続が過少になってしまい、作業記憶やその他の複雑な認知機能を働かさせるために必要な神経回路を形成することができなくなっている。同じようなことが海馬にもあると考えられており、記憶に悪影響を与えている可能性がある。情動や感覚情報の中継で重要な役割を果たす視床が標準より小さいこともわかっている。
統合失調症や自閉スペクトラム症は解剖学的な欠陥を伴い、特定の神経回路が適切に発達しない(統合失調症はシナプスの異常刈り込みによる神経回路形成の低下、自閉スペクトラム症は逆にシナプスの刈り込みが不十分なために接続が過剰でからまった状態)であり、うつ病や双極性障害、気分障害のような正常に発達した神経回路が機能的な欠陥をもつ状態とは同じ脳の障害であるが異なる。
思春期のシナプスの刈り込みはヒトが子どもから大人へ成長するプロセスの一つだと言えると思う、そうしたプロセスの過剰や過少がどのようにヒトの認知や思考に影響を与えるかを理解することは、その二つの極のあいだに広がる多様なヒトの脳の活動を知る上でも示唆に富んでいることを実感する。
記憶について
五章は認知症を記憶との関係で扱う
認知症の研究からヒトは二種類の記憶系を持つ。一つは一般的に記憶という顕在記憶、もう一つは車の運転や言語の文法のような意識しない潜在記憶である。当然ながら異なる脳の系によって担われており、顕在記憶は海馬を含めた内側側頭葉が中心に、潜在記憶は扁桃体や小脳、大脳の基底核、もっと単純な場合は反射経路自体が担っている。潜在記憶による条件付けされた行動を行う潜在学習はアメフラシのような無脊椎動物でも行うことができることがわかっている。恐怖の潜在学習などでも、このような単純な仕組みが使われていると考えられている。
また記憶は数分間程度の短期記憶と数日から数週間もしくはそれ以上の長期記憶とに分かれ、短期記憶は既存のシナプスの結合強化によって、それらがよりよく機能することでつくられ、長期記憶は新しいシナプスを成長させるという解剖学的な変化によってつくられる。短期記憶にはそれがないため、時間の経過とともにシナプスの接続が弱くなったり消失したりすると、記憶が薄れたり失われたりする。
ヒトの記憶はだいたい40歳ごろから低下していき、顕在記憶から先に失われていく。海馬の歯状回と呼ばれる部分が関与し、短期記憶を長期記憶に変換するタンパク質のRNAへの転写やタンパク質の産生の減少が関わっていると考えられている。また記憶には骨からの内分泌器官が関わっていることが明らかになっており、加齢による記憶の衰えは運動によって緩和されることが期待されている。狩猟採集民族の末裔の身体であることを改めて思い知らされる。
アルツハイマー型認知症は大脳皮質のタンパク質の細胞内外の異常、老人班と呼ばれる細胞外のAβペプチドが除去されずに蓄積し凝集したもの、神経原線維変化と呼ばれる細胞内のタウたんぱく質の折り畳み異常でタンパク質が凝集したものが、ニューロンを死滅させ、症状を進行させる。Aβペプチドの脳内の生産量が少なくなるような遺伝的変異を持った後期高齢者(80代)は、変異を持っていない人よりも認知機能が優れているという報告もある。
アルツハイマー型認知症とともに主要な認知症の一つである前頭側頭型認知症は
社会的行動や道徳的判断に深刻な障害をもたらすことで知られている。アルツハイマー型認知症にはそのような障害はなく認知症と言ってもさまざまであることがわかる。また前頭側頭型認知症の人で、損傷が左半球に限定されている人で、発症前から創造的な傾向があった人は、認知症によって左半球が損傷されると、爆発的な創造性を発揮するようになったと報告されている。脳は一つの神経回路が活動を休止すると、別の回路が活動を活発化する、そのようにして互いを抑制し合ってバランスを取っている。
非言語領域と脳
六章は脳障害と芸術の関係から創造性について扱う
芸術における芸術家と鑑賞者の相互関係からはじまり、障害者の人たちの芸術作品サイコティック・アートやシュールレアリスムの活動、ピアニストの即興演奏といったものから脳と創造活動のあいだの関係性を取り上げていく。ヒトが無意識の領域にどのようにアクセスし、それを表現へと昇華させているのかを、脳科学の視点から見つめ直す。そこから見えてくる像の一つは障害の有無に関わらずに、環境との相互作用のなかで内と外とのあいだの一人の調停者として表現活動する一つの共通した姿のように思える。
アルツハイマー型認知症のように顕在記憶の多くを含む言語領域での記憶に障害が出ている人たちにとっては、芸術活動のような潜在記憶をより使う方法は、言語に変わるコミュニケーションツールとなる。また脳の活動部位が異なることを考えれば当然の帰結と言えそうであるが、創造性と知能指数IQのあいだには相関関係がないことがわかっている。
身体の運動系と脳
七章はパーキンソン病とハンチントン病を通して、脳と身体の運動系を扱う。
ここではシェリントンの神経系の統合作用と呼ばれる、興奮性シグナルと興奮性シグナルの相互作用が扱われる。たとえば単純に膝を伸ばす動作にしても、興奮性シグナルが伸ばす運動ニューロンを活性化させるとき、抑制シグナルが屈曲を制御する運動ニューロンの活動を低下させるという二種類の正反対の指令が同時に実行される。このように神経系のあらゆる神経回路は、興奮性シグナルと抑制シグナルをまとめて、情報の伝達を決定している。
情動・感情が脳を支配するということ
八章は不安やPTSDを通して、意識と無意識の感情の相互作用を扱う。
私たちは実際に身の危険を感じたとき、恐怖を意識的に感じ行動を起こすのではなく、むしろ無意識的に身の危険を感じて行動を起こし、その後に恐怖を意識的に感じる。例えばクマに遭遇したとき、不審な人に遭遇したとき。
感情は下から上への感覚的な刺激が心拍数や呼吸数を上昇させるなどして、行動を起こさせるボトムアップの過程で進行する。その後に上から下へトップダウンで感情発生の過程は進行し、身体に起こった生理的な変化に認知的な説明を与える。このように私たちは感情という言語を介して日々、身体が感知したもの、その感知内容に応じた生理反応を翻訳して身体とのコミュニケーションを取っている。アリストテレスは感情の適切な調整こそが知恵の決定的な特徴だと述べている。
この感情に関与している基本的な脳の領域が、
視床下部(感情を生じさせる執行機関)、
扁桃体(感情を生み出す様々な脳の領域の働きを調整する機関)、
線条体(依存症を含め、習慣性が生じる際に重要な役割を果たす機関)、
前頭前皮質(生じた感情が適切だったかを評価し、ときに扁桃体や線条体を制御する機関)
である。
章の後半では倫理的な問題を担う前頭前皮質のはなしが出てくる。人を突き落とすタイプのトロッコ問題とレバーを変えるトロッコ問題での、人の判断の違いと生理反応と無意識の感情の影響の説明がなされる。ヒトは衝動的な暴力の可能性がある一方で、他人を傷つけることへの恐怖による制御システムが内在している。
最後にサイコパスと司法の問題でまとめられ、生物学的な差異と法のもとの平等を司る司法とのあいだの現代の緊張関係が取り上げられる。この問題は男性と女性の違いや生活習慣病の患者でも取り上げられており、改めて法とはなにか?を考える時期に差し掛かっていることを実感する。
癖・習慣と選択の関係
九章は依存症を通して、快楽と選択の自由との関係を扱う。
依存症の対象は物質の場合もあれば、行動の場合もある、どちらも脳の欲望や感情を制御する能力を蝕み、行動の選択肢の自由を奪われる。
物質依存による社会的な損害は実は莫大な経済損失になると見積もられているそうで、アメリカだけでも薬物やアルコールによる損害は年間7400億ドル(115兆円程度-1ドル156円)になり、病的ギャンブルや過食を含めるとさらに増える。
快楽の生物学的基盤は腹側被蓋野のドーパミン産生ニューロンによって形成されるネットワークによって形成されている。記憶をつかさどる海馬、感情を統合する扁桃体、感情がもたらす影響を媒介する線条体の側坐核、そして意志によって扁桃体を制御する前頭前皮質である。

快楽はヒトの学習や習慣形成において基本的な役割を果たしており、快楽・報酬による動機づけ・条件付けが習慣形成を育む長期記憶の形成へと寄与していく。このため感情や快楽を否定や否認すること自体も有害な結果となり、過剰と過少のあいだのバランスが大事になる。過剰な快楽が死に至るのは歴史や動物実験からも明らかになっている。
依存症において興味深いのは、快楽に対して耐性がつき、快楽に慣れて鈍感になっていく、という、一見すると依存への抵抗のような身体の反応が存在する一方で、快楽の記憶とその快楽と関連付けられた記憶は残り続けるため、関連付けられた刺激にさらされると、再び快楽を得たいという衝動に駆られるという、感覚の抑制と記憶の衝動の二つの方向が強烈に作用する点に思われる。
学習や習慣という面からみると、関連付けが行われるまでに学習を継続するために快楽が重要な役目を果たし、快楽が馴化したあとも、関連付けられた記憶によって習慣のサイクルがまわり、行動を持続できることは望ましいが、この仕組みが心身を蝕む物質や行動に適用されることが問題となる。このように考えると社会環境と身体システムとの不一致が大きな問題であるように思える。
また快楽への反応においてはニコチンのようにドーパミンを受け取るニューロンを変化させるものもあり、喫煙者がアルコールや麻薬、ギャンブルなどに依存しやすい原因の一つとして推定されている。
さらにストレスや生活習慣はウィルスのように感染して広がることが観測されており、肥満や喫煙、飲酒や幸福感や孤独感が社会ネットワークを通して広がる。依存症は遺伝的要因が大きいこともわかってきており(これが法的に差別を禁ずる根拠ともなってきている)、脳の障害であって道徳的な失敗ではないことを社会がしっかりと認識していく必要があるとされている。
性とは?
十章は性分化と性自認を扱う。
動物のオス・メスを見ていくと、ジェンダー(社会・文化的な性の役割)に特有の行動、性的行動、攻撃的行動は、種を超えて非常に類似しており、進化の過程で大事に保存されてきたことがわかる。それぞれの動物はこのジェンダーに特有な行動を起こす固有のシグナルを持ち(他の種とシグナルが交差しないためか?)、活動を活性化や抑制化させる。ヒトにおいては視覚的な刺激や聴覚的な刺激に特に敏感であると言われている。演劇や映像、音楽が産業として重要な役割を果たす理由もこういったところからも説明できるのかもしれない。建築で言うと宗教建築にはこういった要素が反映されている面があると思う。
男女で異なる身体をもつ(性的二型)ということは、当然ながら男女で異なる脳を持っている。しかしジェンダー特有の行動を制御する神経回路は男女どちらにも存在し、マウスの実験では環境中のホルモン物質やフェロモンによって調節し、フェロモンを感知すると、その個体の性に応じた行動を取るように神経回路が活性化し、別の性に特有の行動を神経回路を抑制する。ただし特定の状況下ではジェンダーの役割が逆転し、フェロモン感知に関与する遺伝子に変異があるメスはオスのように振舞い、変異したフェロモン感知遺伝子を持つオスは子ネズミの面倒をみる(通常はメスを妊娠可能に戻すためにオスは子殺しをする)。こうした脳の両性具有性は魚類や爬虫類でも観察されている。
このため脳科学ではまだ脳の性的二型がヒトの行動にどのように結びついているのかは、よくわかっていない。ジェンダーに特有な行動以外の一般的な認知的な違いがあるとしても、平均的な違いを示しているだけでその差は小さく、男性内・女性内で変化に富み、男女の性別差よりも個体間の別の差の要因の方が大きな影響を与えていることがわかっている。
ヒトの男性と女性の性分化は妊娠後の二か月ほどの期間までに生じるのに対して、脳の性分化は妊娠の後期に始まるため、生物学的な性と脳の性自認が異なる状態が生じる。
本書では男児でありながら遺伝子変異のため女性化した外性器をもつ完全型アンドロゲン不応症候群(CAIS)や5α-還元酵素欠乏症を例に、一口に性分化と性自認のミスマッチと言っても色んな形態があることを示す。そして思春期の身体的変化と脳の性自認とのあいだでの矛盾が心理的なトラウマへとつながる可能性とそうした身体的変化を止める・遅滞させる投薬の問題(副作用や問題の認識への先送り、新たなジレンマ)があり、統合失調症のケースと同じように思春期という時期の難しさを改めて実感させられる。
意識という未踏の地
十一章は、脳科学のなかでの今なお未解明の未踏の地である意識について扱う。

ニコス・ロゴセティスは意識のことを次のように語っている。
「感覚的な情報を処理するだけでなく、過去の経験に基づいた予測を表す内部のシグナルにも反応し、意識するという状態をつくり出す過程を備えたシステムである」
こうした特徴があることで、外部から入ってくる刺激とは無関係に機能することもでき、空想にふけたり、思考や計画に集中したり、夢のなかで感情的に興奮する出来事を認識することもできる。
この特徴は内部の思考に集中している最中には、外からの新しい感覚刺激が入ってこないようにブロックするように機能しており、無意識の活動とは異なり、一度に一つの項目のみを選択肢、それを脳全体に広く伝播することを性質を備えている。
バイアスを生じさせる適応的無意識と意思決定の関係も本書では簡単に触れられている。
身体と脳の意識のあいだのコミュニケーション(身体的な状態を意識すること)が、「私は」という気持ちの尺度になっているという指摘は、非常に大事なことに思える。ベースが身体にあることを改めて意識させてくれる。
また扁桃体への刺激の素早い無意識的経路と、ゆっくりとした島皮質や大脳皮質のいくつかの部位を通って情報を伝える意識的な処理に貢献する経路という二つの経路を脳は採用しているという報告は、両者の性質の違いと組合せの学習の必要を感じさせる。こうした違いは感覚野のニューロンと大脳連合野のニューロンの刺激に対しての反応の違いにも見られる。
生物学的な個性
最終章では これまでの内容をまとめ
脳科学と精神医学が融合し、個人の遺伝的背景を考慮した、個別化医療のあり方への言及がなされる。
私たちは脳という領域においても、個別化がなされる程度に、自身のことを深く知ることが可能となる未来が開かれている可能性がある。本書ではそれを「生物学的な個性に関する知見に基づいた新たなヒューマニズム」と呼んでいる。プライバシーに関する情報は未だに扱いが難しい状況が続いているように思うが、扱える個体情報は日々質的にも量的にも増え続け、それらをどう社会のなかで機能させるべきなのか?整理をする時間が必要に思える。

