エリノア・オストロムの「コモンズのガバナンス」を読む
コモンズのガバナンス 人びとの協働と制度の進化 著:エリノア・オストロム 訳:原田禎夫、斎藤暖夫、嶋田大作(原著:1990年、翻訳:2022年、晃洋書房)
ノーベル経済学賞を受賞したエリノア・オストロムの著作。
「コモンズのガバナンス」という言葉は知っていたが、不勉強のため経済学の本、研究者だと認識していなかったので(社会学や地理学、文化人類学の話しだと思っていました)、
ゲーム理論など経済学的手法を用いて制度設計における地域組織の立ち位置を浮かび上がらせている成果は、今読んでも勉強になるように思う。
特に、他の文献での取り上げられ方が上澄みだけのぼんやりした内容の場合が多いように思うので(どことなく地域組織のボトムアップ的な活動に対しての免罪符的な扱いの印象)、実際にどのようなことを述べているのかを、把握することは大事だと思いました。
地域資源に対してのボトムアップ型のアプローチの肯定
様々な著作で指摘されていることであるが、本書の重要な要点は、執筆された頃に主流な考えである、中央政府によるトップダウン型の管理、もしくは、私有化/民営化による経済合理性による管理が、資源管理を行っていく上で絶対的に望ましい、という考え方に対して、そうではない、オルタナティブな代案を示したことだと思う。
こうした考えは現在では行政側にも根づいてきている反面、逆にこれまで行政に振り回されてきた地元側が地域によってはまだ追いついていないという感覚を持つ。
(行政も地域も、お互いに相手から提案があるものと考えて、待っているような状況。しかし高齢化している地域の場合、積極的な提案は難しいのが現状だと感じる。同時に行政側も積極的に介入するには人員が足りていない。)
コモンズを長期持続的に活用するための8つの設計原理
本書では事例研究から得られた知見をもとに、共的資源を長期にわたって持続的に活用するための設計原理を、以下の8つにまとめている。

①「明確な境界」はオープンアクセスではなく権利者を明確に区分するルールである。権利が明確化されることで、資源活用に際しての競合関係を限定的にし、協働関係へと導くためのフレームを準備する。空気のような実質的に無限にあるような公共財ではなく、資源獲得に競合性が生じる有限な資源を扱っているため、それをどうやって囲い込むか?占用するか?という課題が生じる。
②「地域的な条件と調和したルール」は、状況依存的な柔軟なルールづくりとルール運用である。特に自然資源の場合は、地域環境に強く依存するため、時間、場所、技術や資源の供給量の条件をしっかりと読み解いてルールを構築していくことが大事となる。
③「集合的選択への参画」はそうしたルールを持続的に展開していくためにも、現場での修正を可能とする柔軟性の確保である。
④「監視」はそうしたルールが適切に実施されるためにも、監視の目が必要となる。こうした監視から評判と共有規範がより強化されてゆく。(村社会的な状況の原因の一つはこうした共的資源への意識にあるのかもしれない)
⑤⑥「段階的制裁」「紛争解決メカニズム」は違反者への制裁も、長期的に持続させていくには、実施と同様に状況依存的な柔軟なルールが望まれる。そして違反者への素早い・適切な対応が取れる(裁判所の裁判みたいに時間が掛かるものではなく)、紛争解決手段を持つこと
⑦「組織化における最低限の権利の承認」は三つ目や八つ目とも被るが、地域の自立性の確保
⑧「入れ込状の組織」はそうした組織がスケールごとに入れ込状に階層化することを指している。組織構造が入れ込状になることで相互理解がしやすい透明性を生み出すということだと思われる。
コモンズの自律的なルール/制度づくり の 枠組み
本書での著者の立場はコモンズを共有する地域が自律的にコモンズを持続的に活用するルール/制度を創り変えていく具体的なモデルを構築することではなく、
成功事例や失敗事例の研究から得られた教訓をまとめるための枠組みを明らかにすることを目指している。
それは具体的なモデルによる精微な予測ではなく、自律的なルールづくりのなかでの人びとのインセンティブや行動へ影響する状況を表す変数を明らかにする。
経済学者としてのアプローチで、コモンズというどこか善意によって成立していそうな雰囲気のするものに対して、合理的なヒューマンの視点から、それがどうして成立し得るのか?どう成立し得るのか?というところを明らかにしていく。

中心となるのは、先ほどの八つの設計原理で出てきた項目である。
内部規範・割引率へ影響を与える変数として「共用規範や機会に関する情報」として「明確な境界」によって規定された占用者の特性が変数として挙げられている。
この規範にもとづいた行動によって、「便益」と「費用」が発生する。
「便益」には「地域的な条件と調和したルール」にもとづく資源の特性や新旧のルールによるその扱い、そしてマイナスの便益となる「紛争解決のメカニズム」に関わる変数が挙げられている。
例えば変数に挙げられている「占用者の数」は資源利用量と紛争の確率に関係し、「共的資源の規模」に対して過剰競争にならないか?過剰競争はフリーライダーや違反者を生み紛争を誘発しないか?それらの結果、便益が損なわれないか?ということが勘案される。
「費用」にはルールの改変(「集合的選択への参画」)に伴う費用、「監視」に伴う費用が関係してくる。
「意思決定者の数」が多ければ、それだけ合意形成は難しくなり、
「関心の異質性」が高く多様な背景の者が集まっていれば、さらに難易度は増して、必要となる時間も費用も増していくことが推定される。
また前例の有無や推進力となるリーダーの存在の有無も、これらの要素には大きく関わってくる。
こうして出てきた期待される便益と費用にもとづいて、現行ルールの変更の議論がなされて、ルールの改変の可否が決められてゆく、という枠組みである。
状況依存的 と 情報の分配
本書を読んで、コモンズの地域管理に対しての免罪符的な取り上げ方をしている本に対して、大きく違うと感じたのは、
最適的な制度というものは「状況依存的」なもので、なにが最適であるかは、その時々の状況に依るというスタンスが強く示されているというところに思った。
また中央政府がそれに対して画一的に法の網を被せて、地元に権限を認めないことを否定しているが、中央政府の存在そのものを否定しているわけではない、というところも大事に思った。
特に昨今のグローバルな関係性が影響を与える状況のなかで、多様なスケールの問題が重層しうるのが現実。本のなかでは「入れ込状の組織」という表現を取って、フラクタルのような階層化された関係性の大事さを説いている。
このような考え方はゲーム理論を使った経済活動のモデル化という手法に負う部分も大きいように感じる。ゲーム理論ではプレイヤーが行動を決めるための情報の取り扱いが大事な要素となる。
生物の血管がものすごいスピードで血液を押し出されていく心臓から分岐しながら細分化していって手足など各器官の先端部では歩くよりもゆっくりと流れる毛細血管となることで輸送の速さと受け渡しに十分な接触時間を両立させて生存が維持されるように、コモンズを維持する人びともまた複数の階層に分かれて、情報を処理して、行動する。
そうすることで、情報収集・処理の負荷を分散して、情報の解像度を上げながら情報収集をし、得られた情報から想定される状況に合わせて的確な処理を継続できるようにしている。
本書のなかではこうした情報収集のあり方として、第三者機関として監視員を設置するパターン、行動主体が監視主体も兼ねる相互監視のパターン、行動組織の中から監視員を選出するパターンなど、上手く資源管理できた事例、できなかった事例、それぞれで、どのように資源情報・行動主体情報を集団の中に、どのようなコストで、配分していったのか?を丁寧に明かしている。
「監視」と書かれるとネガティブな印象を受けるが、ポジティブに情報収集・情報探求と捉えるのが正しいように思う。
こうした複数の階層を跨いでいく上で大事になるのが、共通の価値観をもっているかどうか、という部分が一つ上げられるように思う。
自分達が大事にしていることを、相手も大事にしているという姿勢や実績を、互いに、容易に、理解し合える環境づくりが大事になる。
監視は情報収集であり、情報作成であり、現代的な言葉を換えれば「口コミ」である、口コミの集合知が製作者・消費者の双方の行動を変えるのと同じように、監視によって全体の行動が変わっていく。
共通の構築物やプロダクト、アプリによるアーキテクチャやナッジのような環境・文化型や雰囲気型の拘束・価値観の指示はそうした探り合いに一定の安定性を与えるものとなるだろう。
そういう点でいえば「口コミ」は評判部分に特化しているが、「監視」は影響の範囲は狭いが、もっと多様なものを抱え込んだ行動に思える。本書で指摘されているように、この地域での慣習の学習という側面もそこにはあるし、互いに意識を向け合う気遣いのような側面もあるだろう。
斬新的で連続的に変化を続ける自発的制度
これまでの通り、状況依存的に柔軟に行動し、かつ、その行動の軸となるルールさえも適宜修正しながら、乗り越えていく、そうした制度設計の利点として次のようなものがある。
①小さなコストの連続でで修正を積み上げていける(スタートもスモールスタートできる)
②結果(便益)が小さくも可視化されているため、戦略決定を行う上でのインセンティブが明確化されやすい。
逆にデメリットとして、逆に変更前の制度の存在に占用者がロックインするかたちとなり、変わるべき方向へ進むのに必要以上に手間が掛かる場合も存在することが指摘される。
与えられた環境のなかで、その環境・状況に適した資源利用の制度/ルールを構築していくという観点から考えたとき、「はじめのルール」と呼ばれるものもまた、それまでの明確化されていないルールを変更したものである、という指摘は非常に重要なことだと感じる。
私たちは生み出すことに畏怖と恐怖を抱くが、そうしたものも、目の前の環境を分析し、小さく積み上げるのであれば、それは大したものではない
多様な制度に満ちている、という現実とそれが不確実な状況へ立ち向かう一つの最適な手段であることは、遺伝子の多様性を眺めれば理解できる。
その観点から見ると、その多様な遺伝子をより効率的に交配し、掛け合わせられるような共用プール/データベースとそれを交配できる主体の必要性を感じる。
本文中からの抜粋
以下は本文中で特に気になった部分を抜粋したものです。
コモンズと占用問題 公共財との違い
供給サイドの供給問題は、公共財の供給問題に似ているが、それは一回限りではなく継続的に供給する際の問題に似ている。それぞれの占用者が単独で行動する限り、システムの構築、特に維持管理に対して彼らがどれだけ注力するかは、ただ乗りの問題のせいで最適な水準を下回ることになるだろう。そして、公共財よりも共的資源の供給問題の解決が難しいのは、供給問題を解決するよりも先に占用問題を解決しなければならないからである。なぜなら、公共財供給の場合は、資源ユニットが非競合的であるために、占用問題が存在しないからである。
p.58
階層化されるルール
すべてのルールは、最初のルールの変更方法を定義する、もう一つのルールのなかに入れ込状になっている。
p.60
ルール:分析レベル:プロセス
基盤的選択ルール:基盤的な意思決定:制度の枠組み作り、ガバナンス、調整、修正
集合的選択ルール:集合的な意思決定:政策立案、管理、調整
運用ルール:運用上の選択:占用、供給、監視、実効化
p.61
ルールは、個々人が採りうる戦略ほど頻繁に変化するものではない。どの分析レベルにおけるルールも、その変更は人びとが対応すべき状況の不確実性を増大させることになる。つまり、ルールは期待の安定性を提供することになるが、ルールを変更しようとすることはその安定性を急速に低下させかねない。さらに、多くの場合、運用ルールは集合的選択ルールよりも変更が容易であり、集合的選択ルールの方が基盤的選択ルールよりも変更しやすいものである。言い換えると、研究者や参加者にとって、より深層にあるレベルのルールの分析はより困難なものである。たとえば、ある灌漑組合の議決機関の構成員を5名とするか9名とするかは、物理的環境と歴史的環境、さらに各レベルで生じた異なる結果を人々がどのように分析したのかによって決まるだろう。
p.62
構築物のもたらす安定 と 複雑化
物理的な施設は不確実性を小さくする一方で、システムが複雑化する傾向にある。つまり、農家には農業技術だけでなく、実践的な工作技術も求められる。
こうした環境がもたらす不確実性とは対照的に、これらの地域の人口は長期にわたって安定的であった。そして、人びとは過去を共有してきただけでなく、将来も共有できると考えている。
人々にとって、信頼に足る共同体の一員としての評判を保ち続けることは重要なことである。なぜなら、こうした地域では人びとは寄り添って暮らし、毎年同じ土地を耕作をしている。そして、こどもや孫がその土地を受け継ぐことを期待している。言うならば、彼らの割引率は低いのである。ある時期に多大な投資をしておけば、その本人だけではなく家族もその恩恵を受けられる可能性が高くなる。
p.104
監視がもたらす効果
どのように水が配分されているのかを見ている人々は、占用者であり監視員でもある(以下、占用者ー監視員)ことで、全員にとっての公共財を提供しているだけでなく、将来の戦略の意思決定に必要な情報も得ているのである。
この占用者ー監視者は、共的資源における準自発的遵守の水準についても、他人の行動の監視を通じて学習することになる。
p.114
状況依存的なルール遵守へのコミットメントには、他の人がどれだけルールを守っているのかということを知っていなければならない。
p.233
ルールの基本
ある条文がルールであると人びとに認識されるためには、3つの義務論理における文言、つまり禁止、要求、許可、といった文言のうちの一つが含まれていなければならない。これら3つの文言はすべて、こうしたルールの定義において用いられている。
p.167
制度の起源も変化も少なくとも一つの現行のルールの変更と見なすならば同じ理論によって分析可能である。
p.167
新しい制度的仕組みを創り上げることは、簡単な場合も、難しい場合もある
それぞれは、従前のルールを土台としている。ルール変更を低い費用で実施できる場合は、人びとはより費用の掛かる選択肢に直面するよりも前に、一定の集合行為の利点を得られる。ルールの変更費用はすべて、政治体制から影響を受ける。数十年間にわたる制度変化の結果として生じた制度基盤は、人びとのインセンティブと行動、そしてその結果を大きく左右する多大な投資を意味していた。つまり、一つ一つの制度変化は将来の変化のための基盤となっていた。
制度変化を「大きな一歩」としている二次のジレンマ状況は、制度変化が連続的で斬新的なものであると言える場合には、ジレンマ構造を持つこともあれば、持たないこともある。
p.168
集合行為理論にもとづく集合的便益の実現の説明のための変数
1 意思決定主体の総数
2 当事者が集合的便益を実現するために最小限必要な人数
3 そこで用いられている割引率
4 利害の類似性
5 当事者のなかの、強いリーダーシップあるいはその他の資源を持つ人々の存在
p.233