Book review: 利己的な遺伝子、利他的な脳 著:ドナルド・W・パフ 訳:福岡 伸一

本書の興味が惹かれたところは、

①利他的な行動を実行するまでの脳で起きている手順を丁寧に解説してくれていること

②その利他的な行動がセックスから子育てという社会的行為から発展してきていること

③そして汚職やギャング行動もまた利他的な脳がもたらす結果の一つであること

である。

①に関しては日本語版序文でも福岡正信さんがまとめている

5つのステップ

1:脳は、自分が他人に対して行おうとする行為をあらかじめ想起できる。行動が起きる前に、脳は、自分自身の神経細胞に行動をイメージする信号を送っていることが証明されている。

2:行為対象となる他者をイメージする。このステップは、後にその他者に対する行為を評価するために必要となる。

3:他者のイメージと自己のイメージを重ね合わせる。このステップは、他者を自分と同じように扱う基盤となる。

4:これからなされる行為の結果を評価する”感覚”が想起される。前頭前野のニューロンはその感覚に対して肯定的または否定的な評価を下す。

5:肯定的な評価の場合、行動が実行される。これがすなわち利他的行為である。

p.9

本文で書かれているが、このステップは理性的な思考を介することなく迅速に行われて、ステップ4で肯定的な評価が下されれば、即実行される。自身に危険が降りかかる可能性も顧みずに。本能的という言葉が適切なのかはわからないが、理性的な熟考の末に行われるものではなく、チンパンジーなどの霊長類でも脳科学の実験で、こうした利他的な回路が脳に備わっていることがわかっている(動物行動学の知見からすると、有性生殖があるところには、なにかしらの利他性があると言っても良いのかもしれない)。

性選択・子育て と 利他的な脳

②の性選択から子育て、そして時間の掛かる子育てと脳の発達が、オスとメスのあいだの協力関係/親密さを求め、それが進化の網に引っ掛かったことが、進化論の方でも多く述べられている。

子育ての時間が長引けば長引くほど、親密さを維持する機構が大事になる。そして一人で育てるのが大変になればなるほど、集団での親密さの維持が大事になる。

脳はその問題を解決するために、親密な行動/利他的行動と不安や恐怖を軽減する快楽物質を結びつけている。これはタバコやお酒の習慣がその摂取量を増やしていくようになっているように、子育てや利他的行動も習慣化されることで、行動が強化されるメカニズムが脳に備わっていることを指している。

現代社会において、母親になって後悔していると言う女性たちが、子どものことは愛している、というその構図は、こうした報酬回路と生活習慣との関係から考える必要と、社会が身体の機構を文化・制度・技術によって悪用している可能性を検討する必要性を示しているように思える。

汚職やギャング行動、ヤクザと任侠と利他的な脳

③の汚職やギャング行動と利他性のつながりは、近代化の過程のなかで合理性が重視されるなかで、それまでの道徳観念が糾弾された時代から指摘され続けているように思える。親密さは脳の回路の性質上、接触頻度の高い相手ほど、より強く親密さを感じるようになる。

社会心理学者の山岸俊男氏が「信頼の構造」のなかで、不確実な状況において顔の見ない他者一般を信頼する「信頼」と共同体に代表される集団主義社会のなかで自集団の仲間関係での「安心」を区別し、集団主義社会は安心を生み出すが信頼を破壊すると述べている。似たような対比は社会学者ジグムント・バウマンがコミュニティのなかで、安全と自由を対比させている。

似たような対比は進化経済学者のサミュエル・ボウルズがモラル・エコノミーでモラル・道徳・善意と法システム・市場システムという異なる制度が高め合ったり、低め合ったりすることを指摘しており、それぞれの制度の特徴を活かして組み合わせ次善の世界を目指すことの重要性を指摘している。

本書のなかでは、利他的行為、その行為を発達させる上で重要となる信頼に関して、かなり曖昧に使われている印象を受けるのが、気になった。これは信頼と安心が同じ脳の回路で行われるもので、その結果の違いは、回路の運用の違いによるものなのか?それとも、別の回路で行われていたり、別の回路の介入を受けている結果なのか?

少なくとも現代社会で生活する人は複数の制度を平行して扱うことを強いられている。そのなかで、善悪の線引きをする方法が、脳から見たときにどうあるべきか?もう少し丁寧な論の展開が欲しかったように思う。

利他的な脳に関連する脳の仕組み

随伴発射による運動野から感覚野へのイメージ共有

脳の意識の維持に関わる領域

視覚野への視覚情報の入力

脳の視覚情報

ヒトの社会脳

社会脳

自他のイメージの結合 と シナプスの交差励起

脳の交差励起の仕組み

前頭前皮質の意思決定/扁桃体の感情とオキシトシン・ドーパミン経路(報酬系回路)

脳のドーパミン経路

オスメスの生殖行動・親密行動(母性行動)

メスの性行動と脳の仕組み
オスの性行動と脳の仕組み

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