Book review: 日本人はどのように森をつくってきたのか 著:コンラッド・タットマン 訳:熊崎実
日本の森林史の通史をアメリカの歴史学者がまとめたもの。訳者によると、各論の詳細な研究や論文、書物は豊富に揃っているが、それを通史としてまとめたものはこれまでなかったそうであり、その点でこの本が重要な価値を森林学のなかで持っているのと、
1989年にこの本が英語で書かれたことによって、それまでドイツが持続型の林業の先駆と見られていたのに対して、実は同じころに日本でも持続型の林業が生まれていたことを世界に広めたという価値を持っているようである。
本書の概要は、最初の「訳者まえがき」でおおむね掴むことが出来る。本文は通史の歴史書らしく資料を例示しながら要点をまとめて進む。概要だけであれば最初と最後だけで十分に内容を掴める。資料や詳細を掴みたければ本文を読むのが良い。
日本の森林の歴史のなかで、著者は二つの危機があったと考えている。
古代の収奪、近世の収奪
一つは「古代の収奪」であり、これは飛鳥・奈良時代の東大寺などをはじめとした巨大建造物の建立ラッシュのために、近畿一帯の原生林の大径木が伐採された時期を指す。
もう一つは「近世の収奪」であり、これは江戸時代初期からの人口増加とそこから生まれる山林資源への需要の急増によってもたらされた。前者が当時の技術と統治・目的の関係から一地域の原生林の問題で留まったのに対して、後者は全国各地へとその影響が及んだ。その背景には戦国時代に発達した様々な技術の一般化、輸送技術の向上や数学・測量、土木技術の発達、そして統治システムの合理化が挙げられる。
育林・造林のはじまり
近世の収奪の危機を乗り切ったのは、一つは17世紀の終わり頃から始まった伐採の制限を加えた規制である。建築用材が欲しい権力者(藩・幕府)と日々の燃料や肥料が欲しい村民のそれぞれの思惑が絡み合って、その規制は運用されていった。
もう一つは18世紀の半ばあたりからはじまった積極的な植林・育成による人工造林のはじまりである。私たちはずっと昔から日本の山々は林業家の人々によって伐っては植林されて循環してきたと思いがちであるが、実際に自然の力だけでなく人工的にその循環の速度を速めていったのは、実はつい最近のことで、それまではただそこに生えてきたものを刈り取っていたのである。
近世の収奪の危機とはなんだったのか?
近世の収奪の危機を免れた要因は、複合的であるし、タットマンの見方ではそもそも環境危機として対処された結果というよりは、経済危機・資源危機として対処された副次的な結果として環境危機が免れたというのが正しいようだ。
伐採技術を制限していたのも、伐採速度を抑えた要因だった。但しこれは盗伐の抑止の目的で横引き鋸を利用させず、斧を利用するということで副次的なものだった。同じようなことはドイツでも見られた。
鎖国による社会変化の安定(悪く言えば停滞)も限られた資源でどのように生き抜くか?またその利用をコントロールするか?ということに注力できた一因として挙げられている。これは限られたエリアを統治するものほど、長期的な視野に立ち物事を考えるという政治論の指摘と重なり、興味深い。
また人口圧は耕地拡大とその限界からくる集約化・生産性の向上のため、現在の美しい棚田景観が示すように山の際の限界まで迫った。そして生産性向上のために二毛作が標準となり地力を持続させるためにより多くの肥料が求められた。後者については耕地の肥料として山林の下草などが求められたが、内陸部以外の耕地の多くは人糞の循環による肥えやイワシなどを干した金肥を利用したことで村側からの山林への圧力を弱めたことも危機を回避した一つの要因となっている。また棚田の景観を見ればわかるように、これだけの限界まで開発を進めながらも国土を維持した先人の努力には頭が下がる。但し、それが本当に限界に達しようとしていたのは、明治期の写真を見ると良くわかる。多くの山々が人口圧のためはげ山と化していたのだから。
本書内での著者による同一年齢のモノカルチャー化による生物システムの不安定化の問題への指摘は、ドイツの林業の混交林のスタイルを意図してのものなのだろう(江戸時代は人工造林の規模が小さかったため、モノカルチャー化による弊害が大きくなかったと推定されている)
明治以後の日本の森林史を書きたいと書かれているが、2014年に「Japan an enviromental history / 日本人はどのように自然と関わってきたのか」として、林業以外も含めたより広い範囲をカバーした通史としてまとめられ、2018年に翻訳版が出版されている。どちらも英語圏の日本の自然に興味を持たれている方に紹介するのに適しており嬉しい。
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