Book review: White shift 白人がマイノリティになる日 エリック・カウフマン (著), 臼井 美子 (翻訳)
原著:2018年 翻訳版:2023年 出版社:亜紀書房
ページ数がすごい、本が重い。上下巻で出してもらっても良い、盛りだくさんの内容がぎっしり詰まっている。そして、普段触れる機会の少ない価値観が盛りだくさんなので、根気よく理解していくことが求められるが、価格とページ数分の価値は十分と思われる。
とにかく長いので、一章と西山隆行さんの解説を読んで、アウトラインを掴んでから読み進めた方が理解しやすいように思う。購入も、この二つを読んで判断したので差し支えないと思う。
人口論と移民・民族が議論の一つの軸になるため、グラフや統計、アンケ―トがたびたび登場するので、知らない世界のはなしだけど具体性をもって読むことができる。本書に限らないが人口論は嬉しくも悲しくも無慈悲に人口減少・人口増加の予測を示してくれるので、多数派・少数派という規模を扱う議論には強力な力を発揮してくれており、数十年・百年単位の様々なグループの規模の動向と現在の態度が続いた場合のパワーバランスの変化について具体的なビジョンを提供してくれる。
リベラル/グローバリストと保守/ナショナリスト と 4つの反応
解説にならって 大掴みで説明すると イギリスのEU離脱やアメリカのトランプ政権の登場のようなポピュリズムと呼ばれる急速な社会変化に取り残されることを恐れた白人労働者層の不安の爆発 そして、その元凶の一つとなっている先進国で進行する少子化とそれを補うように流入する移民の流れは、それぞれの国の建国集団のパーセンテージを下げる力として働き、いずれ建国集団が多数派を占めなくなるのではないか?という不安にまで発展している。
このような状況に対して、4つの反応を軸に本書はこの建国集団の少数化への可能性とその運動の原動力と特性の解明、そして対処法を考え、「ナショナリストとグローバリスト」の見解の相違の橋渡しをする積極的な未来像へとつなげていく。
① 闘争 ポピュリストへの投票やテロリズムへの参加
② 抑圧 強制的な人種差別への反対の考えにもとづいて行動を抑え込む
③ 逃亡 多様性に満ちた地域からの逃走、同族同士の地域への逃げ込み
④ 参加 異民族間結婚をはじめとした民族変化への参加
闘争
①闘争 では、米国、英国、欧州諸国、カナダを取り上げて それぞれの地域ごと・その地域の民族ごと・その支持政党にどのような違いと共通性があるのか?を明らかにしていく。そもそも歴史的背景を知らない日本人としては大変勉強になる。これは同時にアジアのことが欧米側から良く見えていないことの裏返しと思われる。また宗教に対して無関心という日本人の態度もまた、本書を理解する上で一つのハードルとなるが、そこも世俗化しつつあるとはいえ、いかに宗教が人々の接着剤となっているのか?を実感する。
抑圧
②抑圧 では、左派モダニズムの動きを中心に、これも各地域での比較も交えながら行ってくれる。リベラルやコンサバティブという言葉は知っていても、いまいち実感を持って生活することのない日本人には行動指針の背景が理解しにくい部分も多いが、ジェネレーションギャップのはなしなどを読むと、これは世界中で共通して同じように進行している話なのだと納得してしまう。それくらい急激な変化が世界で同時に進行しているという証であると思う。その変化を抑えつければ、当然いつかは爆発する訳で、それが起こるべくして起こった、というのが本書の捉え方だ。
逃亡
③逃亡 では欧米諸国の建国集団:白人が欧米諸国の他の民族集団とどのような立場の違いにあるのか?を明らかにしていく。ここは日本をはじめアジアの感覚ではよくわからない圧力が働いている感じもしつつ、基本的にほかの民族のマイノリティは民族同士での助け合いのコミュニティの力があるが、個人主義で強者としての自負?がある白人はそのようなコミュニティによる共助のシステムが弱いため、白人労働者層のセーフティーネットの機能が乏しい。そのような白人労働者層特有の状況の行動への影響を比較などを通してみていく。
また居住地は当然ながら働き口との関係の影響が大きく、多くの人たちは都市部へと引き付けられ、そして都市部では多様な人種が混在することが多々である。逃亡と誘引の二つの力の押し引きが浮かび上がってくる。
参加
④参加 は、異民族間結婚のはなしが中心となる。基本的に数世代前に比べて異民族間結婚は進行しており、いずれはほとんどの人類は混血になるだろう、というのがその進展の先に見えてくる未来であるが、ではその速度はどうなっているか?と見ていくと国や民族で非常に異なる。欧米のムスリムの異民族間の結婚の移民元の国ごとの比較などを見ると、移民の数%しか異民族間結婚(白人との結婚)をしない国もあれば、半数近くがする地域もある。その国の経済状況や歴史的背景、宗教的背景など様々な要因が絡むのであると思うが、すべてが混血へと集約されると単純化することができない要因が潜む。
また宗教的原理主義者の集団が高い出生率を維持しながら、現代文明との共存を図っており、現在は全体からみるとそこまで大きな集団ではないが数世代後には大きな集団へと成長する未来というのも、新鮮で驚いた。イスラエルでは現実化しているらしい。
人口減少局面の東アジア
本書では、最初の方で東アジアは移民を受け入れない閉鎖的な環境と、スパッと論外な存在として蚊帳の外という感じだが、中国・韓国・日本のどれをとっても出生率の低下は著しく。韓国では出生率の低下から移民のパーセンテージは急上昇中で、言語的な問題もハードルが低いと思われるので、このまま多民族国家化していく可能性も低くはない。中国と日本は言語と文化のハードルの高さが引き続き移民への障壁となるだろうが、自分たちの文化的な独自性とはなにか?ということをしっかりと考える必要性と、それを生み出す地域社会と国家との緊密な連携の必要性を本書の欧米の現状をみると感じる。
多義主義という包摂的アプローチ
著者は、多義主義 という 一つのものごとに対して多義的な解釈を許容する包摂的なアプローチによって、逃走や抑圧、逃亡を避けて、多くの人たちが参加可能なあり方を最終的に提案する。基本的に情報は包摂するものが多ければ多いほど抽象的になり、曖昧になりやすい。私たちはその曖昧さを解決する具体的な個々の粒でありながら、一つの波のようにその力を遠くへ広げられる方法を求められているように思える。
著者のネットワーク論への叙述は少し物足りなかった。統計や人口論を扱っているので、そのあたりももう少し突っ込んだ議論を期待したい。
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