雨の少ない愛媛と香川の水の知恵とランドスケープデザイン

地下に潜む水を掘り出す知恵

重信川沿いの湧水泉:東温市龍沢泉

花崗岩質の岩盤を基岩にもつ石鎚山系や高縄山系周辺の平野部は透湿性の高い真砂土が堆積しており、水が地下へもぐりやすくなっています。もともと少雨である気候に、こうした地質特性が加わることで、人口の増加した江戸時代の道後平野の田畑の水を巡る争いは大変なものでした。江戸時代の伊予郡砥部町麻生で起きた水争いが有名で、道後平野で調べるとたびたび出てきます。この場所はちょうど皿が峯連峰の山地が切れて道後平野が西南側(松前町・伊予市側)へ大きく広がる場所に位置するため、大きな河川がない重信川の水を松前町や伊予市へ向けて運ぶ上で最上流部に位置し、給水上の重要ポイントとなっていました。

水争いの解決策として生まれる赤坂泉

江戸時代中期の明和8年(1772年)の大干ばつで田んぼが干からびた松前町・伊予市方面の村々の代表が麻生の農民へ水を分けて欲しいと懇願にいきました。しかし冷たくあしらわれてしまいます。この麻生の水路は、松前町・伊予市方面へ給水するための水路(下流側)と地元の田へと水を運ぶ水路(上流側)が樋で交差するかたちとなっていました。その樋を、松前町・伊予市方面の農民たちが、冷たくあしらわれたことに対しての腹いせに壊してしまいます。これをきっかけに、両陣営が矢取川(現在の砥部町と伊予市を行政区を分ける川)を挟んで対峙する緊張関係が生まれ、死者が出る大乱闘に発展してしまいました。この水路・水争いには松山藩、大洲藩、新谷藩、そして幕府の天領の農地・農民が関わっており、死者が出たのが幕府の天領の農民でした。この紛争の解決のために幕府による裁判が岡山県の備中倉敷で4年を掛けて行われますが、誰が首謀者であるかがわからないまま時が過ぎて、長引く取り調べに疲弊だけが溜まっていきました。こうした現状に麻生の組頭であった窪田兵右衛門が決着のつかない裁判の打開策として、自らが首謀者であると、名乗り出ることで、裁判を終わらせ、処刑されます。こうした水争いもあり、窪田兵右衛門が処刑された年に領主は、松前町・伊予市方面への給水を安定させ、今後、このような水争いが起こらないようにするために、赤坂泉の工事を指示します。

地下水を掘り出す流式泉の仕組み

砥部町_赤坂泉

砥部町の赤坂泉へ行くと、桜が立ち並んだ土手で囲われた、ちょっとした親水プールのような空間に驚きます。現在では遊泳禁止となっていますが、昔は水遊びをすることが許されていたようで、写真が探すと出てきます。利用者側のマナーの問題が大きいのでしょう、しっかりとしたルールを守った利用で、改めて水遊びができる状態になって欲しいと思います。

湧水泉_模式図(断面)
河川の近くの地面を掘り下げることで、川底の帯水層の水を湧出させて、水を得る。
河川の近くの地面を掘り下げることで、川底の帯水層の水を湧出させて、水を得る。

写真の土手の向こう側には重信川が流れていて、そのすぐ横を掘り下げることで、川底を流れる帯水層の水を表出させています。「森林飽和 著:太田 猛彦」によると、1960年代以降の輸入の木材の自由化以降の国内の林業の施業量の急激な低下によって、日本の山林は300年ぶりに青々とした状態にあると言われています。逆に煮炊きの燃料を薪に頼っていた江戸時代から戦後までは人口増加の圧力がダイレクトに山林へ伝わっていたため、多くの山々が松が生える禿山となっていました。そうした状態では山からの土砂の流出は大きくなり、特に風化のしやすい花崗岩質の地質地域では大量の土砂の流入によって、天井川と呼ばれる川底面が周囲よりも高くなることもしばしばでした。そのため流式泉の土手を触らずに水を地下から湧出させる仕組みは、当時の山と川の関係・防災の面から見ても、この地域に適したスタイルだったと言えそうです。

愛媛県東温市_龍沢泉 染み出る湧水_夏
東温市_三ツ沢泉の湧水
東温市_三ツ沢泉
東温市_三ツ沢泉_水温
東温市_三ツ沢泉の水温

道後平野以外の流式泉 善通寺の出水(ですい)

水文・土木の専門家ではないので、こういった手法が良く行われるものなのか?までは詳しくはないのですが、四国の瀬戸内海側に見られる地方色のある手法という印象を持っています。赤坂泉よりも重信川の上流部の東温市、西条市のひょうたん池、新居浜市、香川県では丸亀のものが有名です。赤坂泉よりも下流部の松前町、香川県の善通寺市はともに現在は大きな河川が中心部を通っていない三角州・扇状地の豊かな帯水層を持つ地域です。善通寺では出水(ですい)と呼ばれています。これらの地域でも泉を石垣や柴垣で固めて、利用してきました。飲料用を兼ねた利用だったためか、集落のなかに溶け込んでいて、流式泉とはまた違った趣の水と人との関りを見せてくれます。

松前町大間の町並み(有明公園)
松前町大間の湧水(有明公園):©花旅記
善通寺_永井清水_榎之木湧水
善通寺市長井清水の榎之木湧水
西条市ひょうたん池

水道の普及とともに、私たちの生活から井戸の姿は身近なところから消えていっています。松山市の資料を見ると、そのほとんどは現在、工業用水や農業用水といった産業用に使われています。行政区のなかに豊富な湧水源があり家庭用にも使われる地域は全国的にも稀です。

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